ヴィウの囁きと美しき挑戦。

シーズン1 始まりのささやき

エピソード11〈運命の瞬間〉

挿絵1
展示会のエントランスには、開場時間前から長蛇の列
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展示会の朝。
ガラスの大扉の前にはすでに長い行列ができていた。
名札を首から下げたバイヤー、業界紙の記者、SNSで速報を狙うインフルエンサー。
外国語が飛び交い、カメラのフラッシュがひらめく。
人いきれの熱が、まだ閉ざされた会場のガラスを曇らせていた。

挿絵2
展示会場に、荷物を積んだ台車で駆け込む祐輔と研究室のスタッフ
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その熱気を背にして、開場直前の会場に白衣姿の研究班が駆け込んできた。
台車には、充填されたばかりのオリーブサプリが箱ごと積まれている。

「ほんとギリギリだ!」

祐輔が息を切らしながら笑った。

「ありがとう、ありがとう……」

奈緒美は何度も頭を下げた。胸の奥が熱くなる。

「さぁ、早速ディスプレイしましょう」

仲間の声に、緊張と高揚が一気に広がった。

奈緒美の会社「Bellasfida(ベラスフィーダ)」のブースは、ひときわ目を引いていた。
センターには樹齢4000年のオリーブの木を再現した実物大の模型。
天井を貫くように枝を広げ、その葉は光を浴びて銀色に輝く。
木漏れ日のようなライティングが全体を柔らかく包み込み、自然と未来が融合した空間を形作っていた。

挿絵3
奈緒美の会社Bellasfidaのブース
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枝の下には、新しいサプリメントが整然と並ぶ。
大地の恵みを象徴するように、容器は淡い緑と白で統一されていた。
資料やポスターも細部まで作り込まれ、記者たちが立ち止まり、メモを取っていた。

一方、向かいのライバルのブースは黒いシートに覆われていた。
だが、その高さが異様に低い。
奈緒美は眉をひそめる。

(アイキャッチ的な造形物は……ないのかしら?)

あの会社にしては、あまりに地味すぎる。
胸の奥に小さな違和感が残った。

挿絵4
展示会場の全体雰囲気
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午前十時。
開場を告げるアナウンスが響き、大扉が一斉に開いた。
来場者が雪崩れ込み、会場は光と音で満ちた。

各社のブースが華やかに動き出す中、ライバルの黒幕が外された。
拍子抜けするほどシンプルな空間に、観客がざわめいた。

「え、普通じゃない?」

「意外と地味だな」

だが次の瞬間、ブース中央から青白い光が立ち上がった。
粒子が宙に舞い、光の柱が人の形を描き出す。
そこに現れたのは、光をまとった女性カウンセラー。
高さ3メートルを超え、未来から舞い降りた存在のように観客を見下ろしていた。

挿絵5
ライバル会社のAIホログラムカウンセラー
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その表情は柔らかく微笑んでいる。
だが来場者の端末に応じて瞬時に姿が変わる。
若い女性、中年の男性、中性的な存在――。
理想の相談相手が、誰にでも現れる。
青白い粒子が衣を縁取り、髪や瞳までも冷たい輝きを放っていた。

「あなたの体質と生活リズムに合わせて、最適なサプリを設計します」

響いた声もAIの産物だった。
来場者がタブレットに入力すると、大スクリーンに診断結果が映し出される。
光るカプセルの映像が浮かぶたびに、観客から感嘆の声と拍手。

「未来そのものだ……」

「AIがその場で処方してくれるなんて」

その圧倒的な演出に、奈緒美の喉は乾いた。

(これが相手の武器……でも、私たちには私たちの道がある)

ステージでは、プレゼンテーションが始まった。
大きなスクリーンには、各社の新製品が次々に映し出されている。

やがて奈緒美の番が訪れた。
照明に照らされる瞬間、背後で祐輔が「大丈夫です」と小さく囁いた。
岡村ユキも両手を胸に当て、必死に頷いている。

挿絵6
奈緒美がステージに立つ。バックには樹齢4000年のオリーブの木の映像が浮かび上がる
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ステージに立つと、会場のざわめきがすっと引いていく。
三面の巨大スクリーンに、樹齢四千年のオリーブの巨樹が映し出される。
冷ややかな月光の青緑、幹の皺、葉脈のきらめき――一本の木が“時間”そのものを宿しているかのようだった。

「このサプリメントは、樹齢四千年を超えるオリーブ、その実と葉を原料にしています。
悠久の時を生き抜いたその生命力が凝縮され、体内から美と健康を支える、まったく新しい製品です」

奈緒美の声がマイクを通して響く。

「自然のリズムを無視したものに、力は宿りません。
私たちが届けたいのは、効率ではなく、生命が持つ叡智そのものです。」

挿絵7
ステージに立ってプレゼンを始める奈緒美、自信に満ちた表情
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スクリーンに研究室で記録されたデータが現れる。
酸化ストレス抑制、細胞修復の促進、ポリフェノール安定性――
いずれも従来素材を大きく上回る曲線で、しかも誤差の小さい一貫したプロファイルだった。
ざわめきが走る。

「この原料に含まれる“特異ポリフェノール”は、時間とともに分子結合が強化されるという、極めて稀な設計を示します。
私たちはその設計図を、現代の科学で読み解きました。」

グラフが切り替わり、競合比較のラインが大きく引き離される。

奈緒美はスポイトを手に取る。
透明な水面に、一滴。
波紋が広がり、反射光が揺れる。

「ほんの一滴。
それだけで、体は応えてくれます。」

挿絵8
命の一滴。スポイトで雫を一滴。
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言葉を終えた瞬間、会場は水を打ったように静まり返った。
奈緒美の鼓動だけが耳の奥で響く。

(…………。)

胸が締めつけられる。

一秒、二秒――永遠にも思える沈黙ののち、最前列の研究者が立ち上がった。
「……ありえない数値だ。」

その一言に続くように、別の席から小さな声。
「自然の力を、科学で証明した……」

そして、拍手が起こる。
最初は小さく、やがて波のように広がっていった。

挿絵9
オーディエンスの大きな反応
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「SNSに「#オリーブ発酵サプリ」のタグが飛び交い、動画が一斉に拡散される。

ブースにはバイヤーが押し寄せ、投資家が名刺を差し出す。
スタッフが対応に追われ、祐輔の額には汗がにじんだ。
ユキは目に涙を浮かべ、必死に笑顔で容器を手渡している。

奈緒美は涙をこらえ、微笑む。
二度の敗北を超えた実感が胸に広がり、仲間と無言で頷き合った。

ふと向かいを見る。ライバルのブースも人で賑わっているが、青白い光に照らされた空間には冷たい影が漂っていた。
無表情な顔、静かな服従――熱狂ではなく、管理された未来のようだった。

(私たちの道は間違っていない)

挿絵10
奈緒美の周りには、奈緒美と名刺交換を希望する人たちの列ができている
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オリーブの木の下で、仲間と視線を交わし、深く頷いた。
その瞬間、胸の奥に確かな光が宿った。